「【化学】ウイスキーを水で希釈すると味わいが増す仕組み」Dilution of whisky – the molecular perspective の解説記事

【化学】ウイスキーを水で希釈すると味わいが増す仕組み | Scientific Reports | Nature Research
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「Dilution of whisky – the molecular perspective」
についての解説記事です。この論文はオープンアクセスなので誰でも本文にアクセスできます。

なるべく短く簡単にしたまとめ
Q. 1 どうしてウイスキーに水を入れると美味しくなるの?(香りが強くなるの?)
A. 1 2つの仕組みが関わっている。1点目はウイスキーを水で薄める事によって、グアイアコールというウイスキーの香り成分の1種がウイスキー表面に集まってくるから。2点目は、薄めたウイスキーにおいてウイスキー表面に集まったグアイアコールが蒸発しやすい仕組みが構築されるから。(そして空気を経由して鼻まで届く)
 つまりウイスキーを水で薄めると、「香りが表面に集まる」+「香りが空気中に出やすくなる」のコンボ作用で香りが強くなる。簡単な図で示すと下の図になる。
SS16192431.png


Q. 2 どういう仕組みでグアイアコールがウイスキー表面に集まるのか?
A. 2 薄めたウイスキー程度のアルコール濃度において、エタノールはウイスキー表面に集まりやすい性質も有している。そしてグアイアコールは、ウイスキー中のエタノールは強く引き合う性質を持っている。そのため、グアイアコールは表面に向かうエタノールとくっ付いて一緒にウイスキー表面まで移動する。

Q. 3 どういう仕組みでグアイアコールがウイスキー表面から蒸発しやすくなるの?
A. 3 全ての香り成分は鼻まで届かないと香りを感じることができないため、蒸発しやすい香り物質ほど香りを感じやすい。そして、A.2で前述したグアイアコールとエタノールの結合は、エタノール濃度が薄まると結合が弱くなる性質がある。
 そのため、濃いウイスキー(高いエタノール濃度)ではウイスキー表面のエタノールがグアイアコールをがっちり強く掴んでいるため、グアイアコールが空気中に放出されにくい(グアイアコールが蒸発しにくい)。
 一方、薄いウイスキーではエタノールがグアイアコールを掴む力が弱まり、空気中に放出されやすくなる。(グアイアコールが蒸発しやすい)


Q. 4 なんで数あるウイスキーの香り成分の中から「グアイアコール」という物質を選んで研究対象にしているの?
A. 4 グアイアコールは主にスコッチウイスキーに強く表れる「ウイスキーの煙臭さ」を主に担当している重要な香り物質であるため、研究する価値がある。スコッチウイスキーの中でも特に煙臭いとされるアイラ島産のウイスキー(ボウモア、ラフロイグなど)にはグアイアコールが多く含まれている。

Q. 5 水で薄めれば薄めるほど香りが強くなるの?
A. 5 違う。その理由は、ウイスキーに水を加えるとその体積は増えるが、空気と接しているウイスキー表面積は変わらない。よって、ウイスキーを過剰に薄めると全体のグアイアコールの濃度も薄くなり、濃度が減った分だけウイスキー表面のグアイアコールの量も減り、最終的には空気中に蒸発するグアイアコールが減ることによって香りは弱くなる。

Q. 6 この理論はウイスキーの香り成分全てに応用できるの?
A. 6 そうとは限らない。このモデルには主に2つの限界がある。1点目は、実際のウイスキーは非常に多くの香り物質が含まれているにもかかわらず、このシミュレーションでは水、エタノール、グアイアコールの3成分しか存在しない条件で行われている点。2点目は、これら3物質の動きを計算した条件が、10 nm3という極めて小さい立方体を仮定して行われた点。(通常のショットグラスに入るウイスキーは30 mL ≒ 3.11 cm3 ≒ 31100000 nm3 )


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背景

ウイスキーを水で薄めると香りが増すとよく言われています。「ウイスキーが花開く」とも表現されるこの現象はウイスキー愛好家の中では広く知られた現象であり、プロのウイスキーブレンダーもウイスキーと同量の水を加えた飲み方であるトワイスアップで香りを確かめるとされています。

 しかし、この現象は広く知られてはいるもののその理由についての理解が今までなされていませんでした。そこで、スウェーデンのリンネ大学のBjörn C. G. Karlsson Ran Friedmanらはコンピュータ化学の手法を用いてその謎に挑みました。その論文が「Dilution of whisky – the molecular perspective(Aug. 2017)です。この論文は英ネイチャーパブリッシンググループのジャーナルである、Scientific Reportsに掲載されました。


※以後の文章ではアルコール = エタノールという意味です。化学ではエタノールと言うのに対して、ウイスキーについて話題にする時は普通、「アルコール」と言葉にするので、以下の文章では両者を交えて使っています。


実験方法

 今回の論文のデータは全てコンピューターによって計算されました。分子の動きを計算する分子動力学法に用いたソフトはAmberです。


結果

 ウイスキーのスモーキーな香りを主に担当する、「グアイアコール」という物質について、ウイスキーを単純化したモデルである「水とエタノールの混合溶液」中での動き方を観察しました。その結果ウイスキーの希釈によって香りが増強されうる2つの現象が確認されました。

 ・ウイスキー表面へのグアイアコールの集積

 ・ウイスキー表面から空気へのグアイアコールの放出量増大

Guaiacol.svg.png

グアイアコールの構造式



・ウイスキー表面へのグアイアコールの集積

 水に対して溶ける物質を水に投入して放置すると、画像のようにいずれは全体が均一な水溶液になると中学理科で習います。そして、ウイスキーも水溶液の一種であり、さらに樽の中で長い年数をかけて熟成させるため溶液として均一になっているはずです。

138a1.jpg

水溶液が均一になる様子

(水溶液の拡散 : http://www2.edu-ctr.pref.okayama.jp/edu-c/sien/kyouka/rika/kagaku/digest/138a.htm より)



 しかしながら、グラスに注いだウイスキーは実際にはごく狭い範囲で不均一であることが本研究で示されました。

 論文での画像を示します。

Box MD.png



これは中見が27%のエタノール濃度の溶液(水で薄めたウイスキーを模している)で満たされた大きさが100310nm3)の箱の中において、エタノール分子と水分子がどこに居るのかを示しています。また、箱の上下は空気を接しているという前提です。箱の中に存在する物体は、青・白・赤球が繋がっている物体がエタノール分子を、紅白の棒をL字型にしたような物体が水分子を表しています。この図から、エタノール分子は空気と接触している上下表面に厚さ約1nmで集積していることが左の分子モデルと右のグラフから分かります。これは現実世界でグラスに注いだウイスキー(アルコール濃度27%)において、注がれたウイスキーの表面にエタノールが多く存在しているということです。

※ 補足説明が一番下にあります



 そしてこれが具体的な表面のエタノール密度数値を表したグラフです。

Interface accumulation of EtOH.png

数値としては、表面のエタノール密度は内部の4倍以上となっています。(しかし、4倍の密度となっている液体の厚みは1nm程度なので、ウイスキーを飲んでこれを感じることができる人はいないでしょう)




一方、水は箱の内部(論文ではバルクと呼んでいます)に多く存在しています。このように、均一なはずの溶液がサブnmスケールの大きさでは不均一になっていることが分かります。その計算結果をさらに画像に示します。

Bulk density of solvent.png


この画像ではバルク(溶液内部)の物質密度を示しており、細い点線が水、太い点線がエタノールの理想的なバルク密度をそれぞれ示しています。一方、黒丸は水、白丸はエタノールのシミュレーションを行った箱内部のバルク密度をそれぞれ示しています。溶液が完全に均一になっていれば、細点線と黒丸及び、太点線と白丸は完全に一致するはずなのですが、実際には黒丸・白丸のシミュレーション結果が理想値からズレています。このズレこそが溶液の不均一さと言うことができます。

この「溶液の不均一」が今回の論文を読み解く重要なカギとなります。



 今までの文章でエタノールの位置について記しました。そして今度はグアイアコールの位置について記します。

グアイアコールは水よりもエタノールに強く引き付けられる性質があります。よって、ウイスキー表面のエタノールに引かれてグアイアコールは表面に集積します。これがアルコール濃度27のウイスキーにおいて生じていると考えられる現象です。

 一方、アルコール濃度45%程度の一般的なウイスキーや、樽出し後に加水を行わないアルコール濃度60%程度のカスクストレングスのウイスキーでも、表面にエタノールとグアイアコールは集まっているのでしょうか?


SS9874651.jpg

ワイルドターキー レアブリード (バーボンウイスキー)

一般的に手に入りやすいカスクストレングス ウィスキー

(画像はAmazonより)



この疑問に対する計算結果を示します。


distribution of GUC.png

 この図表では、赤線が水、青線がエタノール、黒線がグアイアコールを指し、縦軸が各物質の密度、横軸がシミュレーション箱中でのZ座標を示していて、0がちょうど箱の中心で、+50-50が空気と接触している表面となっています。中央最上段のエタノール濃度27の結果を見ると、表面付近で鋭い山を描いている青線と黒線より、前述した通りエタノールとグアイアコールが表面付近に集積していることが読み取れます。一方、左列最上段のアルコール濃度45%の結果を見ると、アルコール濃度が上がっているので表面のエタノール密度は当然高くなりますが、対してグアイアコールを示す黒線は全体的になだらかとなり、表面に集中することなく、溶液内部に拡散していることが分かります。さらに右列2段目のアルコール濃度59%の結果を見ると、45%の時よりもグアイアコールがより一層溶液内部に拡散しているのが読み取れます。

 以上の結果をまとめると、アルコール濃度27%の溶液では、エタノールとグアイアコールは共にウイスキー表面の1 nm程度の厚みで集積し、対してアルコール濃度が45%59%と高くなるに連れてグアイアコールは液体全体に拡散していくことが分かりました。





・ウイスキー表面から空気へのグアイアコールの蒸発量増大

 香りは蒸発した香り物質が鼻に到達する事によってのみ感じることができるため、同じ物質ならばより蒸発しやすい条件の方が香りを強く感じることができます。そして、今回の論文ではアルコール濃度の薄い溶液の方が表面からグアイアコールが蒸発しやすいことが示されました。その結果の画像を示します。

bulk-affinity.png

 この画像は水またはエタノールのグアイアコールとの結合の強さを示しています。各枠で囲われた中にある六角形を横倒しにしたような画像がグアイアコールの分子です。そして、グアイアコールの周囲にあるピンク色が水分子の酸素を、青がエタノール分子の酸素を、黄色がエタノール分子の炭素を示しています。また、色の濃さは密度の高低を表していて、濃い色ほど密度が高い(≒結合が強い)事を示しています。

 画像左列・上から4段目及び3段目のアルコール濃度59%と45の条件では、グアイアコールの分子の周囲を青色と黄色が取り囲んでいて、水色の中には濃い水色も見られます。この図からは、グアイアコールとエタノールが強く結合していることが分かります。

 対して、画像左列・上から2段目のアルコール濃度が27%の場合では、グアイアコールを取り囲む青色及び黄色はわずかな量です。つまり、グアイアコールとエタノールの結合は弱まっています。結合の弱体化が何を意味する事はグアイアコールがエタノール分子から離れやすくなるという事です。つまり、濃いウイスキー表面においてはエタノールに強く結合≒強く束縛されていたグアイアコールが、水によってウイスキーが薄められると結合が弱くなって、空気中へと放出されやすくなるのです。この機構により、薄められたウイスキー表面ではグアイアコールが蒸発しやすい仕組みが構築されるのです。



まとめ

 ウイスキーを水で薄めると香りが強くなる理由は2点ありました。1点目はウイスキー表面へグアイアコールが集積するため。2点目はウイスキー表面からグアイアコールが空気中へ蒸発しやすくなるためでありました。

 では、この結果からウイスキーは薄めれば薄めるほど香りが強くなるのでしょうか? 答えは決してそうではなく、水で薄めるほどに表面のグアイアコールの絶対的な濃度まで薄まって減ってしまい、香りは弱くなります。そして、ここに本論文の限界が存在します。本論文で分かったのは、「グアイアコールが表面に集まる」と「グアイアコールが蒸発しやすくなる」の2点のみであり、グラス表面の空気中のグアイアコール濃度を測定または計算したわけではありません。よって、結局の所、実際に存在するウイスキーグラスにおいてどのアルコール濃度がグアイアコールの香りにとって最適なのかという事は発見されていません経験則から恐らくは20%から60%のどこかに最適な点があるとは考えられますが、どこであるかは現状では分かりません。その問題すらもコンピューター上の計算化学で明らかにできるのか、それともガスクロマトグラフィー - オルファクトメトリーなどで実験が必要なのかは私自身には見当もつきません。

 その上、本論文で取り上げた香り物質はグアイアコールのみであり、他の香り物質は計算されていません。ウイスキーには他にも重要な香り物質が存在しており、例えば果実臭を主に担当する酢酸エチルや酢酸プロピルといったエステル類はグアイアコールと化学構造、炭素数、極性、水への溶解度が異なります。よって本研究のグアイアコールでの計算結果をそのまま当てはめることは難しいかも知れません。(甘い香り成分の1種であるバニリンはグアイアコールがホルミル化しただけで化学構造がよく似ているため、グアイアコールとよく似た挙動を示すかも知れません。)

 しかしながら、「スコッチウイスキーに少量の水を加えると味わいが増す」という経験則を科学的な手法で理由を明らかにした本研究の価値は非常に高く、今後もウイスキーの製造や味わいが科学的な手法で向上することが望まれています。




論文を読んでの雑記

 異分野の論文で読むのに苦労しましたが、私自身がウィスキー好きなので所々の意味を理解できた瞬間は非常に面白かったです。読んで良かったです。

 今回の論文は上級講師2人のみという、化学の論文にしては少人数で書かれました。私自身は計算化学の素人であり触れたこともないのですが個人的な感想として、小さなチームでもこうしてScientific Reportsに載るような科学的データを揃えられる計算化学の手法は非常に魅力的に映ります。これが化学実験でデータを集めようとすると作業量と費やす時間が膨大になるため、大学生または大学院生の手を使いながらデータを収集する必要があり非常に大変です。(たまに化学合成系の論文で著者2人とかありますが、その場合は2人だけで相当に頑張って合成したのだと思います。)

 少人数でフットワークが軽いとこの論文のようなユニークな研究が生まれやすくなるはずなので、より一層の計算化学とウイスキーの味わいの発展に期待しています。



参考

以下の記事を広範に参考に致しました。

https://twitter.com/NatureJapan/status/898350991723986944



https://twitter.com/nikka_jp/status/902833297692037120



【化学】ウイスキーを水で希釈すると味わいが増す仕組み | Scientific Reports | Nature Research

http://www.natureasia.com/ja-jp/srep/pr-highlights/12110?utm_source=Twitter&utm_medium=Social&utm_campaign=NatureJapan



The best way to drink whiskey, according to science - The Washington Post :

https://www.washingtonpost.com/news/speaking-of-science/wp/2017/08/17/the-best-way-to-drink-whiskey-according-to-science/?utm_term=.6ff430049d5a



ウイスキーに水を数滴垂らすとおいしくなる理由 研究  写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

http://www.afpbb.com/articles/-/3139617



「ウイスキーに水を少し入れるとおいしくなる」と科学的に証明される - GIGAZINE

http://gigazine.net/news/20170821-dilution-of-whisky/



ウイスキーの秘密を化学で解明!? 加水によって味わいが変わるその理由とは!?: CLAN STYLE

http://clanblog.seesaa.net/article/452997626.html



加水によってウイスキーの香味はなぜ変化するか?:Dilution of whisky the molecular perspectiveから考える、ボトリングでの加水、飲む時の加水、瓶熟についての考察 - ウイスキーラヴァーの日常

http://malt.hateblo.jp/entry/2017/08/18/180000




補足説明

Box MD.png


左の図の青い球が炭素、白い球が水素、赤い球が酸素を示しています。エタノール分子は炭素側を箱の外(=空気)に向けて表面に多く集まっています。一方、水分子は箱の内部に多く存在しています。

 右のグラフは箱の高さ別に見たエタノールの各原子の密度です。縦軸がZ座標であり、0がちょうど箱の中心で、1目盛 = 0.5 (= 0.1 nm)となり、+50(25)-50(-25)が空気と接触している表面となっています。そして、横軸が各原子の密度となっています。

 このグラフにおいてエタノール分子の酸素であるO1よりも、エタノール分子の炭素であるC1C2のピークが表面寄りに存在していることから、エタノールはウイスキー表面において炭素鎖を空中に向けながら集積していることが伺えます。これは界面活性剤の挙動と同じです。


※この記事中の画像は特記がなければBjörn C. G. Karlsson & Ran Friedman, 2017より引用



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